受講生の体験談 85-3
「レイキは自分を見直すきっかけ、拠り所となる空間を得るもの」
U.K、  男性、   49才

同じ対象であっても心によって対象を異にするものだと言うこと、万物は全て心が作りだしたものに他ならないと、自分に言い聞かせているものの、時として我を忘れ、不安に陥ることも度々有ります。
 私自身33才に発病して以来15年間、症候性癲癇発作(脳に腫瘍)があり、これが災いして15.6回救急車の世話になる始末。特に職場での発作は心底精神を病み、苦労を重ねてきました。
 発作の起きる前兆などは全く予知できず、起きる瞬時など言いようが無く表現しがたく、意識が途絶えてそのまま病院で回復する有様です。1週間ぐらいの入院生活も度々、決してその辛苦など他人に分かって貰おうと思いません。
現時点でMRI、CTスキャン等、定期検査、そして薬で発作をおさえておりますが・・・。ドクターであっても定期検査のネガフイルムと経験則で判断、腫瘍も大きくなっていないと思われるし、発作の回数も少なくなってきているからこのまま様子を見ましょう、発作の回数が多いようならオペと言った処置を考えてみる、一方他の病院では腫瘍が大きくなっているからオペが必要だとも。
結局いかなる道を選択するかは、自己の判断にあり、私は今の時点ではオペなど全く考えていない。只これしきのことで人生を終えようとは思っていません。
 職場を放棄する訳ではないが、身体を中心に考えいかような生活を作り上げるべきか、そして気弱になった精神をいかなる手段で回復すべきか思案していた矢先に、1年半ぶりの発作が起きて病院の世話になる有様。
 しかもこの時の“発作”はもの凄く苦しいものでした。『発作中病院や自宅の出来事が出てきました。皆が寝静まった頃にこれまで隠し通してきた「嘘」がねずみや蛇に化体し、46時中襲って来るという恐怖。何回も奇声を上げもがき苦しむ中、全身が蛇に飲み込まれる瞬間に目覚めるなど、未だ経験したこともない夢におののき、自己の弱さを夢と言うよりも現実の中で思い知らされる始末』
 恐怖の中の自分、勿論焦りもありましたでしょう、現実から逃避したい藁をも掴む心境でした。その様な中にあっても、相変わらず利己的な考えしか出来ない自分で有りましたが、鍼治療を受ける中、浅井先生に紹介されましたのが、「レイキ」です。
 自我に溺れる中「レイキ」に縋ってみたのが現実で有りますが、修行を積む中自己を見直すきっかけ=空間が与えられたものと確信したいです。
 ここに来て漸く「山の持つ美しさも見るものの心によって、美しくもあり醜くもなると言うこと」の意味が具体化されたように思います。
 このように今の自分の心を吐露する中に置いてでさえ、不思議なことに両手にビリビリ痺れのようなものを感じ、しかも時を追う毎に強さを増すのが感じられます。
 私自身正直なところ「レイキ」に対する疑問は少なからず有りますが、修行を積む中で恐らく解消され、「レイキ」そのものが意味するのは何か解明されるでしょう。そして「自己啓発」のため、「拠り所となる空間」を得るために「レイキ」が不可欠なものだと確信出来るようになるでしょう。

コメント・・ 脳の腫瘍がもとで「症候性癲癇」を患っておられる方のお話です。仕事と病の間で悩みながら、これしきのことで負けるかと頑張っても、頑張る矢先から発作で倒れる自分のふがいなさというかやりきれなさというか、いっそのこと現実から逃げ出したい気持ちを必死にこらえて、毎日を悩みの中で過ごしておられる、この方の気持ちがヒシヒシと伝わってきます。
 溺れるもの藁をも縋るの心境でレイキに縋ってこられ、かたや疑問を持ちながらもレイキの講習以来ビリビリする手の感触にとまどい、やはり何かが有りそうだと一縷の望みをかけて、今回第2段階に来ていただいたときの感想文です。
 真剣にレイキを通じて宇宙エネルギーを探求していかれるならば、必ずやこの方が望んでおられるように、「自己を見直すきっかけ」や「拠り所となる空間」が得られることになると確信しています。
 どうか諦めないで、根気よく、焦らず弛まず、求めるところのものの探求を続けていって頂きますことを、そして何時の日か心よりその事に感謝できるときが、遠からずやって来ることを衷心より祈念致します。