今日は、何だか交流会に行くのは乗り気になれなかったので、行かないことにしました。しかし浅井先生に紹介受けた瞑想会には行ってきました。なかなか楽しかったです。
そこで瞑想というか発霊法をやってみましたが、もの凄く気の巡りが良くて、かつてなく正直な気持ちになったので、自分が本当は何をしたいか問うと、自分の小学校ぐらいの夢だったことが一番しっくりきて、やっぱりそうだったのかと思いました。
しかし後でそれはピュアだったときに自分にインプットしたやつが、潜在意識の奥の方に行って、それにコントロールされるだけじゃないかと思いました。
それで訳が分からなくなってきて、(感覚も信用しかねると言うことだから)、これは無意識の領域に本格的に入って行くしかないと思いました。そして瞑想をしてみることにしました。
しかし瞑想は映像を見たり、神秘体験をしたり(魔境)、或いは発狂したりすると聞いていたのでどうしょうかと思っていました。
以前第2段階の時に頂いた本の中に波動瞑想法というのが有りましたが、これを開発した人の本を本屋で見付けました。そしてそれを読み、よしやってみようと思い、やってみました。
この時は秋休みで実家に帰っていましたが、名古屋に帰ってきてから、インターネットしていて、遂に僕が前から求めていたのを見付けました。
それはババジ瞑想と言うんですが、他の瞑想と違う特徴の1つは順序が全く逆だと言うことです。普通呼吸やイメージや意志や観想やなんやかやして最終目的の「空、道、実在・・・」に触れようとしますが、それは直ぐに「空」の所まで行っちゃうと言うことです。修行も呼吸もイメージも魔境も何も関係なしです。
僕が自己流で修行みたいなことしていたとき、「こんな時間かかるようなことせんといけんかったら、人間は滅びてしまう、間に合うわけがない。絶対何か有るはずだ。」とある時思って、そしてやっと見付けたわけです。
昔の瞑想はこれが当たり前で、聖者とか哲人と言われる人達は、まず空に触れてから、色んな事を学んでいたみたいです。修行は有りませんでした。
ここ1000年くらいは歴史からこれは姿を消して、ヒマラヤの聖者達の間だけで、霊的な力と共に伝えられてきました。そして数年前にその聖者達がそろそろ時期だというので、普通の人でも求める人があれば、機会がもたらされるようになったと言うことです。
僕はいまだに虚無を彷徨ってガッツもなく、どうしょうもない状態ですが、これは自分の本質、そして全ての源の空からもほど遠い、心も曇りまくりと言うことです。
しかし瞑想会には行って本当に良かったです。行かないと瞑想しようなんて恐らく思わなかったでしょうから。浅井先生には本当に感謝しています。有り難うございました。
コメント・・・私の紹介した瞑想会は「有無の会」という名前で私の講習を受けていただいた方が、熱田神宮のなかの会場を借りられて、年間4回、春分の日、夏至の日、秋分の日、冬至の日の午後6時頃から行われている瞑想会です。
大変気楽な雰囲気で会場が大変エネルギー場の高いところで、どなたでも受け入れて貰えますから気楽に参加いただける瞑想会ですので、自己の内面の探求に関心を持っておられたこの方に、紹介させていただいた次第です。
その結果瞑想に大変関心を持たれ、現在心の深奥を探求しつつ有られるようです。この方は大変純粋な魂を持たれた方と拝察しますが、心の深奥を探求するには瞑想が一番良いと考えています。
何時の日かこの方が求め続けておられるものに巡り会われ、全ての人類にとって重要な活躍をされるときがやってくることを祈念しています。
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