はじめに、長くなりますが、昔のことをお話ししましょう。小さい頃、私は体が小さい事もあり(今でもそうですが)、よくいじめられていたのです。その最も大きな理由が、ただ単に体が小さいからとか、体が小さいくせに生意気だとか、同じ学校に通う姉の方が成績も良かった事などから、『姉は天才で、弟はバカ』等とも言われたりする、話にならないような低俗な理由からでした。
そんな日々が続いていた事もあり、小学生の低学年の時に初めて自殺を考え、部屋の蛍光燈のひもで首を吊ろうとして、止めに来た姉に、そのひもをハサミで切られるという事もあったくらいです。
それからも、自殺願望が消えることは無く、何となく行動に移らないだけの日々が続きましたが、中学2年のある夜、それまで兄弟のように仲良く遊んでいた従兄が亡くなった頃から、私に変化が始まりました。
彼は、生きたくても生きられなかった。でも、私は生きている。自殺するなんて、彼に唾を吐きかけるような行為だと考え直し、以後、自殺は私にとってのタブーとなりました。
しかし、同時に生きようとしていた彼を救いもしなかった神への不信感が芽生え、それからは神に敵対するものとして生きる事を誓ったのです。とは言え、元々信仰心などというものを持っていない私には、たいした事でもなく、他の人から見れば、『あの子、以前より暗くなった』と言う程度の変化でしかなかったと思います。
時は過ぎ、高校、大学と卒無く卒業し、何となく社会人となりました。
最初に就職した会社は、元々パソコンが趣味だった事もあり、コンピューター関係の会社でした。
コンピューター業界と、一言で言っても、色々あります。皆さんがTVのCMなんかで見掛けるCGなどを作るグラフィック業界、CADと言う専用のソフトで建築物の設計を手掛ける建設関係、そして、私の入った会社は、会社の経理や販売、在庫、給与管理のシステムを作る、いわゆる汎用機(一般家庭で使われている、パソコンとは違い、ビルの1フロア全部を使って設置されるような大きなものから、小さくても冷蔵庫くらいの大きさで、専門業務のために使われるコンピューターです)と呼ばれる機械で、その会社の実利に合わせたシステムを構築するためのプログラム作成をする仕事に携わりました。
この会社で、私は右肘に腱鞘炎一歩手前までの状態に陥り、接骨医に通う日々が始まりました。そして4年弱でこの会社を辞めました。辞めた理由は、直接の上司と仲が悪かったとか、給料が安いとかもありましたが、直接の原因は、右肘の悪化と、辞める直前にやっていた仕事で、精神的に不安定になり、デパートなどで2、3歩離れた人がたてる、小さな物音とかにもビクビクしてしまい、逆にその人から謝罪されるほどの精神状態までに衰弱していたためです。
それから、2年程はブラブラしていたのですが、母親の堪忍袋の緒が切れ、適当に就職したのが、また同じ業界で、同じように汎用機を使い、いろんなシステムを作る会社で、派遣要員として働きましたが、こちらの待遇改善要求(私としては、これからのことを考え、汎用機などと言う前時代のものではなく、パソコンで仕事をしたかった)が通らなかったのと、社長との仲が悪かったのもあり、もっと待遇の良い会社に誘われたので、その会社は3年弱で辞め、今の3つ目の会社に至ります。
しかし、2つ目の会社に入り、半年してから、某大手自動車メーカーのシステムに携わる事になるのですが、私は個人的にこの会社が大嫌いで、本当に嫌々仕事をする日々を最後まで送りました。
このメーカーの仕事は、納期が厳しく、新しい仕事の度に、どんどん高度なシステムになり、それに反比例するように納期が短くなっていく様は、意図的に個人を破壊しているようにしか思えませんでした。
しかし、今の会社でも、そこの仕事を続ける事になり、ついに、2000年6月頃、精神的に不調に陥り、やる気も出なくなり、体は日々調子が悪くなっていき、そして何も感じなくなったのか、ポーッとする日々が続きました。
さすがに、何とかしなくてはいかんと思い、病院の精神診療科に通い始めたのが、同年の7月のことでした。自分では、鬱病だろうと思っていたのですが、それ程でも無く、鬱の一歩手前の鬱状態と診断されました。
そして、薬を飲みながらと、接骨医に通いながら(接骨医に通う日々は、最初の会社から通いだした頃から、ずっと続いていました。)で、何とか契約切れまで乗り越え、同年10月に、1ヶ月間の休職願いを会社側に聞き入れて頂きました。
この1ヶ月間は、ほんとにただただ眠くてだるくて、何もやる気が起きなくて、日々ダラダラ過ごすだけの1ヶ月間で、たまに会社の人達にメールで現在の状態を報告したりすると、『自分を甘やかし過ぎているんじゃないの?』等と痛い言葉が返ってきて、余計滅入ったり、怒ったりしてしまうと言う状態が続きましたが、10月も半ばになると、11月から仕事に戻らなければいけないという恐怖感から、またひどい不安感に陥り始めました。
その時、姉と母が浅井先生の鍼治療とレイキを受けてこいと言うので、鍼なんかで何が変わるものかと思いつつ、ただ受け続けていたのですが、確かに、接骨医より体の凝りは取れるし、悪くないなと思いました。また、姉や母、そして義兄も先に受けていて、信頼出来るという事を実感しました。1週間程毎日通い、浅井先生よりレイキの第1段階を受講しなさいと薦められ、言われるままに受講しました。
第1段階を終了した日は、クタクタになって、さっさと眠りにつきました。朝目覚めても、特に変わったという様子は無く、それからは、寝る前に自己ヒーリングを続けていましたが、それでも少しリラックス出来ると言う程度で、効いているのかどうかは実感出来ませんでした。
浅井先生は、第1段階終了後の次の週にでも第2段階を受講しなさいと言われましたが、第1段階の効果を自分なりに確かめてみたく、少し先延ばしにして頂きました。
その後、第1段階終了後に初めての霊授を受けた次の土日は、それまででは考えられないほど元気で、それまで避けていた、人混みの中へと繰り出し、夜になるまではしゃいでいる事が出来ました。
また、セルフヒーリングを続けていく内に、自分でもよく認識していなかったのですが、肩こりと何より頭痛が減っている事に気付きました。 この2つは4年以上もの間、接骨医に通っている時(途中2年間ブラブラしていた時は行ってなかった)にも、週に2、3度は発病していたのですが、それが2週間以上にも渡って発病しなかったのです。
これはイケると思いました。そして、2度目の霊授では、腰から、背中にかけて、頭の方へと何かが走っていったような感じがしました。3度目の霊授では、体の内側から、外へと向かってエネルギーのようなものが放出されたり、逆に体の中へと吸収された感じがしました。
4度目の霊授では、ただ何事も無くリラックス出来、頭の中がすっきりとしました。
今では、新しい作業場に復帰していますが、以前の状態だったら、イライラした後、限界値を超えた時のポカンとして、頭が混乱して仕事どころではなかったという感覚は無くなり(イライラ感は取れませんが)、不思議と仕事が続けられるようになりました。
最も、今、仕事に復帰して3週間目ですがいまだに不安感は取れていません。そう簡単に直るものではないと判っているので、気長にこの病気と付き合ってはいくつもりですが、今の職業については、あの仕事は人間のやる仕事ではないと何度も実感しつつ、何年もやってきましたが、今の仕事の契約が切れると同時に辞めようと、本当に思っているところです。
今の状態では、セルフヒーリングでヘッドの位置をやると、黒いものが見えたり、ザーザーとノイズの様なものが見えたりと、視覚的なイメージばかりしか感じる事が出来ず、体の方のことはよく判りませんが、これから受ける第2段階で、どのように変化していくのか、とても楽しみです。
最後に、鍼治療を薦めてくれた姉と母、1ヶ月の休職を認めていただいた会社の方々、そして、レイキを施してくださった浅井先生と奥様に最大級の感謝をいたします。
コメント・・大変正直に小さいときからのことを素直に振り返っていただいて有り難うございます。人にはそれぞれその人の生い立ちに伴って色々なトラウマを持ち越してきて、心身にエネルギーの流れを妨げるブロックを作っています。
そこへ更に大人になってから色々環境のストレスなどが加わると、ついには病という形で本人への警告が出されることになると思います。病になったときその原因が何処にあるのか、自分がこの世で成し遂げたいことは何であったかといった原点に戻って考えることも、時には大変大事なことだと思います。
この方は本質的にエネルギーの流れが大変良い方ですので、レイキを続けていかれる中で、より深い自分の声を聞くことができるようになり、単に病から解放されるのみでなく、本来求めていた生き方を探り当てられるようになることを祈っています。
このような自分自身を目覚めさせるような働きは、レイキのような高い次元の波動を利用するヒーリングの、大きな特色でもあると考えています。
今までにも何人かの若者が、レイキを通じて本来の生き方に目覚められたり、円滑現象と言って望んでいたことが独りでに実現したりといったことが頻繁に起こっています。
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